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「発達障害・LD」はボクのID
アットマーク国際高校17年度卒業生 南雲明彦
アットマークは人生の分岐点 アットマーク国際高校は、ボクの人生の分岐点なんです。ここにたどり着くまでのボクは、高校2年で不登校になり、定時制高校に編入したものの2ヶ月しか持たず、青森に本校のある通信制高校に籍を置いても負担が多くて挫折。人と会うのが恐いし、話もしたくない。親に頼んで自ら精神科に入院させてもらった時期もあるくらいです。でも、本来が生真面目な性格なので、どうにか高校だけは卒業しようと。そこで、「どんなに条件が悪くても受け入れてくれる高校はないかな」と探すうち、アットマーク国際高校を掘り当てました。2005年4月のことです。当時、保育士をしている母の紹介で、中目黒に住む60歳の女性カウンセラーにお世話になっていたボクは、実家を離れて品川で一人暮らしをしていました。それで、アパートから近くて、テストもなくて、ネットで授業が受けられる高校をと絞っていったら、アットマーク国際高校が両手を広げて待っていてくれたんです。すぐに連絡を取り、世戸先生と面談し、目の前がパァーッと開けた感じです。この学校との出会いが、自分の殻に閉じこもっていたボクを、外の世界に引っ張り出してくれた気がします。 入学してすぐ、フジテレビの朝のワイドショー「とくダネ!」が“教育特区を特捜せよ”というコーナーでアットマークを取材する話があり、ディレクターの目に留まったボクは、全国放送で自分のことを語ることになりました。新潟で通っていた県立高校の同級生たちは、ボクが不登校になり、その後も閉ざされた闇の中を転々とし、アットマーク国際高校でやっと活路を見出すことができたという経緯を、テレビを通して理解してくれたんじゃないかと思います。 頭では理解できているのに、 読み書きができないジレンマ ボクはLDです。LDというのは軽度発達障害の中の「学習障害」を指し、ボクの場合はディスレクシアといって、読み書きができないケースです。小学校の頃から文字がにじんで読めなかったり、頭では分かっているのに漢字が書けなかったりするジレンマに相当苦しんできました。それがLDのせいだなんて知らないから、自分では、単に活字が嫌いなだけだと思っていたんです。だから、小学校でも中学校でも自分なりに工夫して、ノートを取るのはあきらめ、授業中はひたすら先生の話に集中して勉強を覚えました。そうやって受験も突破し、どうにか県立の進学校に入学できたのです。ところが、高2の秋あたりから大学受験モードになり、ただでさえレベルが高いのに授業のスピードが急に速くなって、自己流の勉強スタイルではとても追いつかなくなりました。けっこう目立ちたがり屋で、読み書きできないことを笑いでごまかしてきた部分もあったのに、受験モードになってからはそれもスルーしなくなり、級友も教師もヤケに引っかかるようになって…(自分が気にしすぎていた部分もあると思います)。「それだけしゃべれて理解力もあるのに、読み書きができないなんて怠惰な証拠」と誤解されるうち、自分でもすっかり自信をなくして不眠が続き、やがて学校に行くことが負担になったのです。 部屋に閉じこもって外界をシャットアウトする中で、不安や恐怖が募り、1日に何度も手を洗わないと気がすまない強迫神経症の症状まで出始めました。LDが一次障害なら、不眠や神経症になって不登校や非行に走るのは二次障害。ボクの場合は、完全にそのパターンだったんです。 軽度発達障害に苦しむ人を支援する。 それがボクに与えられた役割
それからというもの、ボクはいよいよ人生に対して前向きになり、アットマーク卒業後は少しでも同じような障害を持つ人たちの力になろうと、学習支援員の養成講座にて、学習支援員養成講座修了書を取得しました。そして、2006年10月から2007年3月までは、港区の西麻布児童館で臨時職員として勤務。子どもたちとの触れあいは、ほんとに楽しかった!その合間に、「 LD親の会」のための講演会を開いたり、日本発達障害ネットワーク「JDDネット」の第2回年次大会※、でも講師を務めたりしています。ボクの体験談が、いまわけもわからず悩んでいる人やその家族をわずかながらでも救うことができたらーーー そんな気持ちからです。 アットマーク国際高校を卒業して、1年間社会勉強をしたボクは、再びアットマークに帰ってきました。今度は生徒としてではなく、職員という立場です。1月中旬に、髭校長先生からそのお話をいただき、勤務先となる金沢中央キャンパスを下見に行った日は、ちょうど地震が…(笑)。そして、4月1日に金沢入りし、4日から出社、とかなりスピーディな展開でした。でも、ボクの人生の分岐点となったアットマーク国際高校で、これから新しく入ってくる生徒たちに何かを伝えられたら。焦らずに、できることから一つずつやっていくこととか、自分できちんと考えて行動することとか。ボクは、けっして上から下への目線ではなく、生徒と同じ気持ちになっていっしょに進んでいきたいと思っています。もちろん、ボク自身の問題でもある、軽度発達障害に苦しむ人たちの支えにもなっていきたい。それが、神様に与えられたボクの役割ですから。 ※年一回のイベント、昨年12月上旬の成蹊大学において企画、シンポで話題を提供。昨年12月志木に続き、今年1月の八王子の座学は、かえつ有明中・高校の学校カウンセラー池田聡子先生と、アットマーク国際高校の髭校長がパネラーとして参加。主催は「発達と学習支援研究会」 19.5.11インタビュー 【スタッフより】 南雲さんは現在、アットマーク国際高校と同じ運営母体であるアットマーク明蓬館高校で特別支援アドバイザーとして 活動しています。 |
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